町医者 松嶋大ブログ

岩手県盛岡市で「なないろのとびら診療所」を運営する町医者・松嶋大のブログです。

備忘録:ヤクタタズの町医者

記憶をたどると、今回、ただ一度目のことだと思う。

 

ネクタイを結び直して、臨終の場に向かうこと。

 

「呼吸が止まったようだ」と看護師から連絡が入った。

そのときは、すでにネクタイを外していたけれど、とっさ、いや発作的にネクタイだと思った。

 

ネクタイがイイというよりも、ネクタイでなければいけないと思ったのだ。

 

なぜ、ネクタイか?

自分でもよく分からない。

正装だからというだけの理由ではないことだけは確かだ。

ただ、ネクタイを締めなければいけないと思った。

 

 

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短い付き合いだった。

初対面のとき、きっと2週間くらいと思った。

予想はほぼあたった。

 

けど、最後にお話したとき、次もまたお話できると思って、いつもの最後の挨拶をしないでいた。

けど、まんまとその予想は外れた。

次はなかった。

 

予想はあたり、予想は外れた。

予想なんてするもんじゃない、とっても失礼だ。

 

いつも最後かもと思って最善をつくすべき。

そうだと、あらためて今回思った。

 

それにしても、僕はヤクタタズな医者だった。

治療らしい治療もしなかったし、途中、不安や苦悩を和らげるような気の利いた言葉もろくにかけられなかった。

 

初対面のときから一貫して、「死ぬことは怖くない、やり残したことはない」とおっしゃった。

結局、最後の対話となったときも、やはり同様に。

 

「本当に怖くなかったのでしょうか」と、臨終の後、ご家族に伺った。

怖くなかったはず、とおっしゃった。

 

また、「なぜ、あれほど、立派な方だったのですか?」と、臨終の後、ご家族に伺った。

なるほどと唸るほどのお答えだった。

(僕の胸の中にしまっておこう)

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さて、ネクタイを締め直し、その場に向かった。

もう語ることがないご本人と、ご家族と、うちのスタッフたちが勢揃いしていた。

 

全くヤクタタズな町医者は、気の利いた言葉の一つもでなかった。

ご家族がおっしゃった言葉に感動し、僕はますます沈黙した。

 

 

今回の町医者は、ただ教わるだけだった。

 

生とはなにか?

死とはなにか?

人生とはなにか?

家族とはなにか?

 

もっとたくさん。

教わっただけの町医者は、結局は何もできなかった。

 

ヤクタタズだった。

きっと、だからこそ、せめてネクタイだったのだろうとも思う。

 

 

でも、おかげで、ネクタイを締め直すつど、このネクタイを見るつど、あの方を思い出すことができる。

ヤクタタズな町医者に、最後に、大きなプレゼントをもらえました。

心よりありがとうございました。

 

今回もまた最高の縁に恵まれました。

 

 

 

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ネクタイで