町医者 松嶋大ブログ

岩手県盛岡市で「なないろのとびら診療所」を運営する町医者・松嶋大のブログです。

そもそもなぜ医者を目指したのか?<町医者・松嶋の謎シリーズ⑤>

なぜ、医者になったの?

 

よく尋ねられるご質問です。

 

 

答えはたった一つ。

「(高校3年生のとき)父に勧められたから」

 

基本これだけなのですが、布石が一つだけあります。

 

高校一年生のとき、担任の先生の導きがありました。

本当は文系に進みたかったんですが、先生に理系に行きなさいって。

それで、文系やめて理系へ。

(文系に進んで、文系の大学に進学して、卒業後は新聞記者になりたかったんです)

 

 

あのとき、先生が文系に進むことを賛成してくれていたら、今頃きっと医者ではなかったとは思います。

(ただ、担任の先生が文系を了承しても、両親が理系を勧めていたかもしれませんが)

 

 

まとめると、冒頭の質問の答えは、

1.高校一年生のとき、高校の担任の先生に理系に進むよう言われた

2.高校三年生のとき、父に勧められたから。

 

 

 

ただ、ちょっぴりだけ気持ちが医者に近づいたのは、高校時代に見ていたドラマ。

 

振り返れば奴がいる

 

織田裕二さん演じる外科医がかっこよくて、憧れたんですよね〜。

ただ、医者に憧れていたというよりも、ドラマのようなあり方(天才的というか)に憧れていたという方が正しいですね。

 

 

いずれ、医者になりたいと思ったことは一度もないということです。 

 

僕は、これがとても良かったと思っています。

医者になりたくてなったわけでもないので、医者になる理由もなければ、医者になってやらなければいけないこともない。

つまり、まっさらな気持ちで医学部に入り、まっさらな気持ちで医者になりました。

ですから、何色にでも染まることができる。

何色にも染まれるから、困っている患者さんが目の前にいればその色に、かっこいい先輩がいればその色に。

都度、必要な色になれます。

 

風見鶏的といえば風見鶏かもしれませんけどね。 

でも、私は、これで良かったと心から思っています。

 

 

ちなみに、父は歯科医師

私の記憶にある限り、私が歯科医師になるように言われことも、また勧められたことはありません。

母からもありません。

 

その意味で、自由な幼少、少年期でしたね〜。

 

 

ところで、父がなぜ私に医者を勧めたか。

その話はまた別の機会に。

私は、父の壮大な物語が背景にあるとみています。

 

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珍しく白衣姿の僕。全く笑っていない僕には深い理由があるんです。。。