町医者 松嶋大ブログ

岩手県盛岡市で「なないろのとびら診療所」を運営する町医者・松嶋大のブログです。

私の考える偽善 <町医者・松嶋の謎シリーズ②>

僕は偽善者である。

 

間違いない。 

 

というわけで、そんな偽善者の僕が、今回、僕なりの偽善について考えてみたい。

 

まず、偽善の定義から。

今回も広辞苑

 

本心からでなく、みせかけにする善事。 

 

なるほど、定義を読めば読むほど、自分が偽善者であると確定できる。

 

なぜ、そう思うかについては、今回はご勘弁を。

だって、偽善者だから・・・

 

 

さて、かつては、偽善者な自分が嫌で嫌で仕方なかった。

世間一般に善いことをやっても、「どうせ、俺は偽善者だから」と、結果(善いこと)と自分のあり方のギャップが嫌で嫌でたまらなかった。

そして、周囲から結果を評価されるほど、そのギャップが大きくなり、もう我慢できず。

 

ついに、「俺は善者になりたい」となった。

しかし、この考えがますます自分を追い込んだ。

 

 

そんなある時、同僚医師と酒を酌み交わす機会があった。

 

結構酔ったのだろう。

「俺はどうせ偽善者なんだ。どんなに善いことをやったって、本質は偽善なんだから、だめなんだよ」

 

同僚曰く、

「いいんじゃないか、偽善だろうがなんだろうが。やってることが正しくて、善いことだったら、どっちだって同じだ」と。

 

 

自分の中で大きな風船がパチンと割れたような感じがした。

「なるほど、じゃあ究極の偽善者を目指すぜ」と。

 

 

以来、究極の偽善者として善行を重ねているつもり。

昨日も、今日も、明日も。

 

 

では、ぼちぼちファイナルアンサー!

 

私の考える偽善とは?

もう一歩進めて、私の考える究極の偽善者とは?

 

「自分が偽善者であることから目を背けず、偽善者である自分に向き合いつつ、善い行いができる人のこと」

 

自分と結果のギャップから逃げず真摯に向き合う人、とも言える。

 

すみません、分かりづらくて。

要するに、自分から逃げないこと、そして日々自己反省を繰り返すということ。 

 

 

ただ、時々、僕って、もしかして善者なんじゃないかと自惚れてしまう瞬間も実はある。

患者さんのために我を忘れて突っ走っているときとか。

 

いやいや、やっぱり偽善者だね。

自分が善者じゃないかと思ってる(自惚れてる)時点で、すでに偉大なる偽善者だ。

結果はともあれ。

 

 

おまけ

町医者・松嶋の謎シリーズは毎週金曜日夜に更新するつもりです。

次回もご期待下さい!

 

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サングラスの奥には。